治療と勉学を両立し、医学部へ
- 小学6年生でポンぺ病と診断されたときから、「この先、体力が落ちて歩けなくなるかもしれない」と自覚していた。そんなAさんが医師を志したのは中学生のときだった。主治医やリハビリの理学療法士など、色々な医療従事者と関わる中で、何かしらの形で恩返しができたら、という気持ちがあった。医師になるまで筋力がもつのか自信はなかった。当時の心境としては、「新薬がいつか病気を治してくれるかもしれない、そのときのために今できることをしよう」という気持ちだったという。
- 高校3年生の夏、ようやくポンぺ病の治療である酵素補充療法(ERT)を受けられるようになった。当時、ERTはごく限られた病院でしか受けられなかったため、2週間に1回、週末を利用して飛行機で治療に通った。病室で点滴をしながら受験勉強に励み、治療を終えて戻ってきた日曜日に、模擬試験会場に直行することもあった。その年の冬を超え、Aさんは第一志望の国立大学医学部に合格した。
Aさんの存在が、多くの患者さんの励みと希望に
- 医学部を卒業後、医師免許を取得し、初期研修を終えたAさんは、さまざまな検討を重ねた末にリハビリ科医を目指すことを決意した。リハビリ科は、脳卒中や骨折、脊髄損傷などさまざまな疾患や障害で社会や家庭に戻ることが困難になった患者さんが、能力を回復させ、残存機能を活かし、その人らしい生活を再構築するのを支援する診療科だ。
「患者さんはこれまでの「あたりまえ」の生活を突然失い、一人で起きることも、トイレに行くこともできず、不安な気持ちでリハビリ科にやってきます」。個人差はあるが、病気になる前の生活に戻れる人もいれば、障害が残る人もいる。
「障害とともに生きていくことは大変つらく受け入れがたいことです。しかし、本人が「したい」と思うことは形を変えて続けられるはずだと思っています。問題は「どのような形で実現できるか」を、多職種と協同していろいろな選択肢を模索していくことです。患者さんごとにプロセスは異なりますが、前向きな提案を心がけています」と語る。
- 現在勤務している病院へは普通車を運転して通勤しており、病院内は職場用に置いている電動車椅子で移動している。毎日事務職員が駐車場まで車椅子を持ってきてくれており、周囲の力を借りながら仕事が続けられているという。「同僚や上司、病院職員の方々、皆に仲間として受け入れられていることに感謝しています」とAさんは笑顔で語る。Aさんの存在は、リハビリ科にとどまらず診療科を超えて多くの患者さん、そして職場の人々にとっても、大きな励ましと希望になっている。
今を楽しみながら、リハビリ科専門医を目指す
- 今、Aさんは目標であるリハビリ科専門医資格の取得に向けて、勉強と実務経験を積む日々を送っている。治療と仕事を両立させ、「今後も安全に生活すること、60歳になっても自分の足で歩ける身体を維持すること」を目標に、日々のリハビリテーションと体調管理を欠かさない。友人との食事や歌うことが大好きなAさんは、リハビリ科医として、一人の働く女性として、今この瞬間を楽しみながら未来の自分の姿に向かって確実に歩みを進めている。
※この内容は2025年11月15日時点のものです。