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患者さんとご家族へのメッセージ

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患者さんとご家族の声

自分ができることを、できる範囲で 小さい頃からからだが弱かったが原因がわからず、24歳のときに腎臓の精密検査でファブリー病とわかったDさん。病気はキャリア形成に影響を及ぼし、受け入れるまで数年かかりました。30代の今は、「できることをできる範囲で」と考え、生まれてくる子どもを楽しみに暮らしています。息子の病気に罪悪感を感じているご自身の母親に「遺伝は誰かが悪いわけではない」と伝えたいという、今の思いを伺いました。

体質だと言われていた症状

4~5歳頃から汗が出ず、からだが熱くなったときに痛みを感じていました。姉に比べてからだが弱かったので「これはなんだろう」と感じていましたが、病院に行っても、医師から「そういう体質です」と言われ、原因が全くわからずにいました。
夏の暑さは特につらく、運動会の練習中に倒れたことが何度もありました。それ以外にも、お腹を壊すことも多く、授業中にトイレに行くことも日常茶飯事でした。

腎臓の症状がきっかけとなり、ファブリー病とわかった

中学生のときに左室肥大、大学生のときには尿蛋白がみられるようになりましたが、体調に大きな変化はありませんでした。20代半ばに受けた会社の健康診断で精密検査となり、何度も検査を受けた後、腎臓の検査でようやくファブリー病の可能性を指摘されました。結果として、ファブリー病と診断がついたわけですが、自分自身としては「なるほど~。ファブリー病だったから、今までいろいろな症状があったのか~」とすべてがつながってスッキリしました。とは言いつつも、実際に病気を受け入れるまでに数年かかり、そこは正直苦労したところです。
遺伝だという点では、母親が大きなショックを受けていました。「お母さんが悪いわけではないよ」と何度も話しましたが、母親はそれを中々受け入れてくれませんでした。母親もファブリー病でしたが、本人の意思で治療を始めたのは心不全が起きてからでした。

病気があったからこそ今を大事に

私自身、治療や体調不良で会社を休むことで、仕事に支障をきたし、悪循環となって気持ちが落ち込んだ時期もありました。職場も何度か変わってしまったことは、自分のキャリア形成に影響していると感じています。現在は、勤務先から通院の許可をもらっており、仕事上関わる方には自分の病気のことを話しています。
ファブリー病であることで、生きることをあきらめるくらい苦しんだ時期もありましたが、ここ数年は「できることをできる範囲で頑張らないといけない」と思うようになり、悩んだからこそ今の私があると感じています。妻には交際前に病気のことをすべて伝えた上で結婚に至りました。これから子どもが生まれる予定ですが、子どもができることで、遺伝は誰が悪いということではないことを、母親に改めて伝えられればと思っています。

※この内容は2018年12月時点のものです。